レンタル家族というものが、
話題になっているのだそうです
派遣されたスタッフが、
依頼者の妻や子供を演じて
家族のにぎわいを楽しませてくれるのだそう
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こういうサービスに頼るひとは
未婚の男性がほとんどだろうと思ったら、
意外にそうでもない
かつて妻が健在で
子供がなついていてくれたころの家庭のふんいきを
もう一度味わいたいがために利用する男性もいるのだとか
あと、SNSに上げる写真の賑わしとして
いっしょに写ってくれるレンタル友達というものもあるそうです
こういうサービスが生まれるのは
とうぜん需要があるからで、
それを完全に否定するのはむずかしいと思います
しかしやはり私の感覚からすると、
答えは〝ノー〟です。
そう考える理由のひとつは、
まず仏教的に考えて、
それらが〝執着〟に当たると考えるからです。
あともうひとつは、
本来はお金に換算されるべきでないものが
経済活動のなかに組み込まれている
ということに対する嫌悪感です。
上に書いたサービスでは
相手役を演じるスタッフと
親密な感情が生まれてしまった場合、
そのひとは二度と派遣してもらえなくなるのだそう。
でも人間関係って、そういうものなの?
と思うわけです
(これはもちろん性風俗でも同じです)。
こう考えるのは、
私が小説を書いているからかもしれません。
人間関係こそ物語を動かす原動力。
挙げるまでもなく、
人間関係に枷をはめることはできないのです。