terra〜物語のガードナー

物語を紡ぎ出すことに人生を費やしているインディーズ作家・多部良蘭沙が、日常で感じたことを綴るブログです。どうぞ、よろしく!

ここで、一区切り

 

とつぜんですが、

このブログでの連載を今日で、

いったん終わりにすることにしました。

 

理由のひとつは、

昨年末、父が亡くなり、

相続したことによって実生活が変化したためです。

 

そしてもうひとつは、

私の書く文章が長くなりがちで、

ブログというスタイルには合わないと常々考えていたから。

 

とはいっても、

投稿をやめるわけではありません。

 

これまで掲載してきたような、

私が日々考えている様々な思いは、

noteで綴っていこうと考えています。

 

note.com

 

現時点ではまだ何も掲載しておらず、

来月から始めていくつもりです。

 

noteで発表するまでもないほどの、

短い文章が思い浮かんだときには、

このブログで発信していこうかと思っています。

 

そのようなわけで、

しばらくお休みをいただきます。

 

また、近いうちにお会いしましょう!

 

 

多部良 蘭沙

 

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生活の問題、人生の問題

 

 

ひとは皆、なるべく高い学歴を獲得して、

多くのお金を稼げる職業に就きたいと考えています。

 

それが、この社会で成功することの意味であり、

人生においていちばん重要なことだと考えています。

 

しかしそれがまやかしだと言ったら、

みなさんはどう思うでしょうか?

 

私の好きな学術書の著者に、

ひろさちやさんという方がいらっしゃいました。

 

宗教をわかりやすく解説されている方で、

昨年、お亡くなりになりました。

 

その方のある著書に、

おおよそつぎのような一文が書かれていたのです。

 

——多くの人々は〝生活の問題〟と〝人生の問題〟を混同している

 

つまり、どういう仕事に就くとか

商業的に成功するといった類のこと。

 

それらは生活の糧を得るための行いですから、

生活の問題にすぎないというのです。

 

たしかにその稼ぎで食べているわけだから、

その通りであるとは思います。

 

しかしそうだとしたら、

人生の問題とはいったいなんなのでしょう?

 

 

これはつまり

「人間として何を成すか?」ではないかと

私は考えました。

 

とはいっても

前途の商業的成功は含まれません。

 

とてつもない財産を築いたとか、

一躍名を馳せて有名になったとか、

そういうことは一切関係がないのです。

 

人生の問題とは、いかに他人を喜ばせたか——

これに尽きるのではないかと思うのです。

 

いうなれば、マザー・テレサのような行いです。

彼女は貧しい人のために心を砕いて、

数えきれないほどの命を救いました。

 

もちろんこう書くと

マザー・テレサは有名人ではないか」

と考えるかもしれません。

 

しかし彼女は有名になりたくて

それを成したわけではないと思うのです。

 

たとえ無名で終わっても、

彼女は人生の問題と向き合って生きたことに

変わりはないと思います。

 

そうすると今度は「無名で終わったら、

結局だれにも評価されないではないか」

という意見が出てくることでしょう。

 

評価するひとはいます。

それはあなた自身です。

 

自分自身に嘘はつけませんから、

正しい評価を下せるのです。

 

 

 

話がそれましたね。

元に戻します。

 

まずもってマザー・テレサほどに

自分の人生を他人に尽くすのは、

一般人にはまず不可能でしょう。

 

でも、小さなことは

できるのではないでしょうか?

 

たとえば、小言を言わない。

うるさく自分を主張しない。

相手を気遣う。

 

そういったさりげないことで

いいのだと思います。

 

それらの行いは生きている間は

たいして他人の目には止まりませんが、

死んだ後に大きな意味を持つのです。

 

今回は受け売りではありますが、

多くの人に知って欲しいという思いから、

書き記しました。

 

たしかに、

仕事をすることは国民の義務であり、

生きていく上でとても大切です。

 

ですが、かといってそれだけが

〝私たちがこの世に生まれてきた理由〟

ではないのです。

 

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ゲーセンと「諸行無常」

 

 

1980年代後半——

 

ファミコンブーム真っ只中に10代をすごした私は

大のテレビゲームファンになり、

やがてゲームセンターにも通うようになりました。

 

当時のゲーセンは今と違って雰囲気が暗く、

〝不良の溜まり場〟などと言われていました。

私も最初は入りづらかったほどです。

 

そしてそこには男性しかいませんでした。

働いているスタッフもすべて男性。

それにずっと不満を持っていました。

 

あるとき、

いつも購読しているゲーム雑誌に、

座談会が載っていました。

 

業界の有名なクリエーターの方々が

ゲーセンについて語り合っており、

つぎのような意見に目が止まりました。

 

女性をゲーセンに引き込みたい。

もしそれができれば市場は倍に拡大する

 

当時の現状を考えると、夢のような話です。

女性がビデオゲームに熱中する姿など

想像できなかったからです。

 

「だけどもし実現すれば、

 どんなにいいだろう!」

とも思いました。

 

ところが

それから10年も経たないうちに、

その目標が実現したのです。

 

そしてその尖兵となったのは

プリント倶楽部』と『UFOキャッチャー』と

いった非ビデオゲームでした。

 

後者については

80年代からあったのですが、

人気に火がついたのは90年代に入ってからです。

 

これらの〝新兵器〟は女性や子供を

呼び込むのに大きく貢献しました。

 

ゲーセン自体も

暗い雰囲気が払拭されて明るくなり、

お客さんの笑い声がこだまするようになりました。

 

本来なら、よろこぶべきところです。

 

しかし当時の私は

それを苦い思いで見ていました。

 

というのは、

これによってゲーセンの勢力図が

大きく塗り変えられてしまったからです。

 

まず、ビデオゲームの占有スペースが

大幅に減らされました。

しかも世は『ストリートファイター2』が大ブーム。

 

かつての3割程度に残ったビデオゲームの筐体は

そのタイトルに独占されてしまったのです。

 

よって、施設内で遊べるものの大半は

プリクラとUFOキャッチャーとスト2だけ。

 

横スクロールのシューティングゲーム

好きだった私にとっては壊滅的でした。

 

もはやゲーセンは興味のある場所ではなくなり、

それ以後は足を踏み入れることもなくなりました。

 

 

この体験から、

私はつぎのような教訓を得ました。

 

文化を普及させるということと

かつてからある文化を守ることは

まったく違うのだな、ということです。

 

守りつつ普及を目指せれば良いのですが、

現実にはどちらかが犠牲になる。

でも、それは仕方がない。

 

「それはそれで別にいいのだ!」

 と考えるようになったのは、

 仏教を学んでからのことです。

 

誰でも聞いたことのある

お釈迦さまの言葉〝諸行無常〟は、

世は常に変化して移ろうことを意味しています。

 

だから、変わらないものはない

よってゲーセンも変わらざるを得ないのです。

 

それに、たしかに

私は楽しみをひとつを失いましたが、

恩恵を受けた人の数はもっと多いかもしれません。

 

だから、それはそれで良かったのだと、

今の私は受け止めています。

 

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埋められつつある時代の落差

 

ここしばらく故・ジャニー喜多川氏による

性加害が問題になっています。

私はこの事務所のファンではありませんが、

毎日のようにニュースをチェックしてしまうのは、

子供の性被害問題に興味があるからです。

 

若い頃にタイの児童売春問題に関心を持ち、

そういったノンフィクション本を

読みあさっていた時期がありました。

 

また、ビリー・ミリガンをはじめとする

多重人格者にも刺激を受けたことがあります。

その原因は、幼児期の性被害です。

 

それだけにこの日本で、

何百人もの子供たちを手にかけた男がいた。

 

しかもそれが社会的にたいへん地位のあった

実業家であり名芸能プロデューサーだった——

という現実に眩暈がしたのです。

 

 

そしてその一方で、

この問題が軽視されてきたことが、

大きな社会問題になっています。

 

「男性が性被害の対象になるという認識がなかった」

「芸能界のゴシップとして捉えていた」

「当時は、そういう時代だった」

 

とマスメディアの人々は口を揃えます。

 

https://www.asahi.com/articles/ASR6V73N4R6VUTIL015.html

 

正直、それはとてもわかると思いました。

 

これは、いわば集団心理だと思います。

みんなが口をつぐんでいると、

自分も声を上げてはいけないと考えてしまう。

 

もし私が当時、

マスメディアで働く人間だったら、

やはり皆に倣えで何もしなかったと思います。

 

 

このニュースに触れているうちに、

私はあることを思い出しました。

 

それは四十年前、

まだ中学生だったときのことです。

 

ある日、私は体操着を忘れてしまいました。

それで先生にどうして良いかたずねたところ、

下着姿で授業を受けるように言われたのです。

 

そのときはすこし驚きましたが、

言われたとおりにしました。

 

当たり前ですが、

他のクラスメイトにじろじろ見られて、

とても恥ずかしかったです。

 

しかし当時は、

それが不当な辱めなどとはまったく思わず、

声を上げようなどとも考えませんでした。

 

私には子供がいないので、

今の学校の状況は知りません。

 

しかしもし今も、同じことが行われていたら、

かなり問題になるのではないでしょうか。

ひょっとしたら報道対象になるかもしれません。

 

 

なので今回の性加害のニュースは、

時代の落差が埋められた象徴のようなものだと、

私は受け止めています。

 

以上のような理由から当時、

事務所に関わりのあったひとたちを

批判するのは的外れだと思います。

 

また、それを助長したという理由で

ファンの方々にまでに難癖をつけるのも、

同じです。

 

たしかに広い意味で言えば、

「その時代を生きた全員が加担している」

と言えなくもありません。

 

が、かといって、

それを理由に個々を叩くのは、

あまりにも横柄だと考えます。

 

もちろん検証はぜったいにすべきです。

ただ外野の人間が文句をつけることではない、

と感じるのです。

 

最後に私の大好きな映画

ボーン・アルティメイタム』に登場するセリフを

引用して締めさせていただきます。

 

「現場にいなかった者が、あとから批判するのは簡単だ」

 

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漂流者は宝箱をも掴む

 

 

私は子供の頃は大のアニメファン。

成長してからもその気持ちは変わらず。

 

まったく絵が描けないのに、

ついにはアニメの専門学校に通い出す始末でした。

 

課程は2年間で半年で卒業制作。

個人で短編フィルムを作るのです。

 

何を作ろうかと考えた私ですが、

とっかかりになるものがありません。

 

それで東映動画(現東映アニメーション)が

当時、研修生募集の試験に出していた

絵コンテ課題を借りることにしました。

 

無人島に漂着した男が

ぼうっと海を眺めていると、

宝箱が流されてきます——

 

冒頭はこれだけ。

で、ここから先の展開を

各々が考えるというものです。

 

それで私は男が宝箱を取り、

そのなかを開けるとあるハプニングが起こる、

という展開を考えました。

 

そして、それを先生に話すと、

 

「どうしてその主人公は

 そんなものに興味を持つの?

 宝箱に入っているのは宝物に決まっている。

 そんなものは漂流生活では役に立たないから、

 取ろうとはしないと思うよ」

 

と言われたのです。

 

私は、

頭のなかが下の画像のようになってしまいました。

 

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漂流生活だからこそ、

それが何であれ必要とするのでは?

 

そもそも宝箱だからといって、

なかに宝物が入っているとは限りません。

 

だれかが中身を取って、

別のものに入れ替えているかもしれない。

 

それが漂流生活で役に立つかどうかは、

開けてみなければわかりません。

 

仮に金銀財宝が入っていたとしても、

無人島を脱出した後、

持ち帰れることができれば役に立ちます。

 

もちろん中身が空っぽのケースもあるでしょう。

でもその場合でも、

箱そのものは役に立つかもしれません。

 

食料を鳥や動物に奪われないように保存したり、

あるいは椅子として役立たせることができるかもしれない。

 

 

ふつう漂流者は、

〝溺れる者は藁をも掴む〟

状態になっています。

 

だから流れてきたものには、

ぜったいに手を伸ばすのです。

 

もちろん嵐で海が荒れているとか、

鮫がうようよしているなど危険なとき以外は——

 

 

以上のような理由から、

先生の指摘は一見鋭いようですが、

じつは発想が貧しいのではないかと思いました。

 

私は、この先生がもし無人島に漂着したら、

流れてきたものが何であっても、

絶対に手を伸ばすと断言します。

 

それにはかなりの自信があります。

 

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携帯品は携帯不可の日本

 

 

先日、関西ではこんなニュースが報道されました。

 

「バッグのポケットに十徳ナイフを隠し持っていた」との理由で軽犯罪法違反に問われた鮮魚店店主の裁判が行われた。2審の大阪高等裁判所は「目的なく刃物を所持することは、法律的に妥当とは言えない」として、1審に続いて有罪判決を言い渡した。
店主は「仕事や日常生活で持っていると便利だから」と無罪を主張していた。

この店主の言葉に強く共感しました。

もしかしたら私も、

このような裁判の被告になっていたかもしれないからです。

 

 

今から14年前のちょうど夏。

群馬県で6週間の農作業体験した私は、

帰りに町田(東京)に寄って滞在していました。

 

滞在先から電車で1駅の場所に、

自家製のソーセージを売っている

有名なお店があると知り、

それに目がない私は行ってみることに。

 

 

ところが駅に何人もの警官がいて

〝リュックサックを背負っている男性限定〟

で荷物検査をしていました。

 

「ナイフを持っていませんか?」

 

と聞かれたので、

いつも持ち歩いている

スイスのアーミーナイフを取り出すと、

署で話を聞きたいと言われました。

 

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「なぜこんなものを持っているのですか」

と聞かれたので

「いつも持ち歩いているのです」と回答。

 

一番大きいナイフの刃渡りを測ると

5.5センチ以上*あったので

「これは軽犯罪法違反になる」

と言われました。

 

銃刀法は知っていましたが、

こんな小さな刃物まで

法律の網に引っかかるのだと知ったのは、

このときが初めてです。

 

とても不思議な感じがしました。

このナイフはそもそも携帯用に

作られているからです。

 

キーホルダーとしても使えるように

リングもついています。

 

「携帯品を携帯してはいけない」

とはどういうことか? 

 

そう思っていると、

家はどこかと聞かれました。

 

私は都民ではなく、

旅行中なのだと答え、

 

「ここが目的ではなく、立ち寄っただけです。

群馬県の農家でアルバイトしていたとき、

手伝いに来た夫婦に遊びに来ないか、

と誘われたのです」

 

農家名と滞在先の名前を聞かれたので、

すらすらと答えました。

 

そのあと滞在先を変えて、

今は姉夫婦の元に泊まっていると答え、

その名前と住所も答えました。

 

「今日はこれからどこへ行くつもりですか?」

と聞かれたので、

それも正直に答えました。

 

「では、このナイフはどこで買いましたか?」

「9年前にハイデルベルクで」

 

「……外国ですか?」

「はい。ドイツです。当時、留学していたので」

「いくらしましたか?」

「23マルクだったと思います。当時はユーロ導入前だったので」

すると警官たちは、

またぽかんとしました。

 

しばらくして

今度は年長の警察官が来てふたたび、

「なぜこんなものを持っているのか?」

 

と聞かれたので、同じ答えを返しました。

 

「こんなものを持ち歩く必要はないと思うが」

「持っていると便利に使えるから、常に持ち歩いているのです」

 

そして問題になる5.5センチの刃は

あまり使うことはないと答えました。

 

「使わないなら、持っている必要はないのでは?」

 

「でも、他の機能(ハサミや小さなナイフ)

の出番が多いので。

でも、刃を外すことはできないから、

そのまま使っているのです」

「じゃあ、5.5センチの刃の刃は

使わないわけだな」

 

「あ、この前使いました。

池袋でドイツパンを買ったときに。

固いパンだったので、これで切りましたよ」

 

「それはなんというお店?」

「忘れました。

池袋に行ったのは初めてだったし。

今から一緒に行って、

ここだと案内することはできますよ」

 

そう返すと、また皆が顔を見合わせました。

 

「あのう、それはほんとうの話ですか?」

 

若い警官のひとりが、

不思議そうに聞いてきたので、

もちろんほんとうだと答えました。

 

なぜこれが作り話に思えるのか、

私の感覚からすると不思議なのですが。

 

ちなみに私は嘘をつくことができない性格なので、

警察でなくとも事実通りに話します

(もちろん思い違いなどはあるかもしれませんが)

 

「このようなナイフを

街中で持ち歩くのは軽犯罪法になる。

持ち歩いていいのは、

それが必要になる山の中とか原野のような場所だ」

「つい1週間前まで北軽井沢の農家にいたんです。

その帰りにここへ寄ったのだから、

持っていても不思議ではないのでは?」

 

「でも、ソーセージを買うのに必要はない」

 

「必要云々じゃなくて、

常に持ち歩いているのです。

だいたい出かける際に、

本当に必要なものだけを入れて

持ち歩くなんてことは普通しませんよ」

 

そこで私は、

「お巡りさんの私物のバッグなかにも、

ぜんぜん必要のないものが

入っているんじゃないですか?」

とでも言いたかったのですが、

その言葉は呑み込みました。

 

その代わりにこう言ったのです。

 

「私は刃物を便利な道具として使っているだけで、

これでひとを傷つけようだなんて思いませんよ」

 

すると若い警察官が、こう言いました。

 

「あなたが傷つけなくても、

もしこれを落としてしまって拾った他人が

犯行に使うかもしれないでしょう?」

 

こんな小さな刃でひとを脅せるのでしょうか?

そもそも拾ったもので脅そうとするひとなんて、

ほんの一握りだという気もします。

 

ちなみにこの製品は、

日本でもふつうに売られて、

誰でも簡単に入手できるのです。

 

それに街中では使う理由がないから、

とのことですが、それもわかりません。

 

なぜなら日本は世界でも有数の地震大国です。

いつ、大地震が来てもおかしくありません。

 

たとえば出かけている最中に

とつぜん大地震が来て、

すぐに家に帰れない状態になったら?

 

そういったときにこそ、

この便利アイテムが役に立つのではないか?

 

そう阪神大震災を経験した私は思うわけです。

 

警察官という職業柄、

刃物イコール犯罪に結びつけてしまいがち

なのだろうと思います。

 

しかし一般庶民の私からすると、

発想が凝り固まっているように感じられました。

 

そのあとこのなかでいちばん年配の警察官が、

 

「本来なら勾留することもできるんだぞ」

 

と脅すように言いましたが、

別に拘束されることはなく帰されました。

 

あとで考えると不思議だったのは、

取り調べを受けていたとき

私は何人もの警官に囲まれていたことです。

 

入れ替わりに入ってきた人もいたので、

たぶん10人くらいはいたでしょうか?

 

こんなことに首を突っ込んでくるなんて

「警察って、けっこう暇なんだなぁ!」

と思いました。

 

もちろん平和なのに越したことはありません。

ただ過剰に税金が使われているのではないか?

と心配になりました。

 

*最近調べてみたところ、軽犯罪法接触するのは刃渡り6センチ以上でした

 

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ネットはほどほどが一番!

 

 

SNSでつながっていたある友人から、

 

「以前は頻繁にコミュニケーションを

 取っていたけれど、最近はご無沙汰ね。

 なぜもっと参加しないの?」

 

と、直接尋ねられるわけではありませんが、

そのようなムードを感じることがあります。

 

 

私がネットを始めたのは90年代後半。

まだダイヤルアップ接続が一般的な時代でした。

 

当時はSNSという言葉は存在せず、

セキュリティーの問題も気になりませんでした。

 

たとえば、

メールアドレスを公表しても

差し支えなかったほどだったのです。

 

私はこの無距離な空間で様々な人々と

出会えることに魅了され、

当時は生活の一部になっていました。

 

今ふり返っても、

本当に楽しい時間だったと思います。

 

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それが、10年が経過する頃からでしょうか。

私は次第にネットの利用を控えるようになりました。

 

理由は、

コミュニケーションにおいて顔を見ることがないぶん、

人々の遠慮がなくなることに疲れを感じたからです。

 

おそらく2000年代半ばごろからでしょうか。

ネットの普及に伴い、

マナーを重視しない利用者が増えたのです。

 

これに私は、

振りまわされるようになりました。

 

たとえば投げかけられた質問に、

こちらがていねいに答えても

何の反応も返ってこなかったり。

 

議論の場ではまず自分の意見を

理解してもらうだけで骨が折れたりしました。

さらにはネット右翼と呼ばれる人々の存在も不快でした。

 

また、議題に関連して

自己顕示欲を満たす機会にされたこともありました。

 

私が明確な理由を添えて論理的に反論すると

相手は怒り出し、

場合によっては誹謗中傷されることもありました。

 

逆に、自分の考えを投稿すると、

十分な代案も示されずに

ひたすら否定されることがありました。

 

個人的にそのアイデアが気に入らないから——

というだけで否定されるのです。

理解できませんでした。

 

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余暇の楽しみとして参加していましたが、

逆に不愉快な思いをさせられ、

場合によっては遺恨が残ることも珍しくありません。

 

そうして、

次第に時間の無駄だと感じるようになったのです。

 

そのためSNSやコミュニティーサイトへの投稿を減らし、

オークションやショッピングなどの

オンラインサービスの利用もやめました。

 

さらにある時期には、

ネットを使わない生活ができるかどうかを

試した時期もありました。

 

結果的に、それは不可能だとわかり、

その後はネットを上手に活用する方向へ

転換したのですが。

 

ただし、コミュニケーション目的での利用を

復活させたのは数年後のこと。

 

その間に、さまざまなSNSが普及してしまい、

結果として私は乗り遅れた格好になりました。

今でもそんな存在かもしれません。

 

しかし、それよりも、

穏やかなやり取りが重要だと考えています。

 

そのため、現在は深い議論を避け、

喧嘩になるかもしれない場面では、

言い返さずに身を引くように心掛けています。